『ヘルパーステーションわらび』では、
緩和ケアに特化したヘルパーステーションとして設立し、2年が経ちました。
癌の利用者様・そのご家族との関わりの中で、心に沁みる言葉が沢山あるのだ…と
ヘルパーはいつも口にしています。
そこで、『私達が関わった人達のつぶやき』 と題して、取り上げてみたいと思います。
ご利用者様57歳 女性 (退院後 ご本人様)
『 この病気になり、生きていてもしょうがないと思った時もあったけれど、
以前のようには戻れないのだから、前向きに生きて行こうと思えるようになった。
孫たちの成長を見ている事で幸せを感じたり、食べられなくても目で見て楽しんだら
良いのかな?頑張るのではなく、その日、その日を楽しんでいきたい。
でも本当は、主人を看取って、娘たちとの時間を過ごし、娘に看取ってもらうはず
だったのに……人生って、計画通りにいかないですね。』
(お看取り1週間前 娘さん)
「 昨日、母が 『 私の人生は幸せな人生だったと思う 』 と言い
バンザイ!と手を挙げました。
そして、家族みんなでバンザイ!をしました。良い思い出です。」
ご利用者様46歳 女性 (退院後 ご本人様)
『 昨日が、娘の大学受験の合格発表なので、昨日までは生きていたかった。
家に帰りたいと、ずっと思っていたので、願いが叶いました。』
(お看取り3日前 ご本人様)
『 退院してきて、子供たちのイベントが全てクリアー出来た。
本当は家にずっと居たいけれど、あとはいつ、病院に戻されてもいいんです。』
(4.23 更新)
ご利用者様74歳 男性 (お看取り後1か月後 奥様)
「桜は見られないと思っていたが、こんなにも早く逝ってしまうとは思っていません
でした。亡くなる前日も大きな声で元気に歌い、しっかり喋って、夜も赤飯とおはぎを
食べていました。子供たちは、最期に間に合わなかったが、看護師さん・入浴の
スタッフさんもいてくれました。私が一人でない時を選んで、私を心配して休ませようと
思って、あの日・あの時間を選んで逝ってくれたのかもしれない……。
最期まで、お父さんが望んでいたように家にいられて幸せでした。
私自身の時は、お父さんの様にはいかないと思うけれど、こんな世界があったことを
知ることが出来ただけでもよかったです。」
ご利用者様78歳 女性 (ご本人様)
『もう、いつ死んでも良いと思っている。苦しくなく、このままの状態で眠るように
逝きたい……。』
(お看取り後5日後 息子さん)
予後を告げられた後は、『今日が最期かな?』 と毎日を過ごしていました。
(お看取り後、ヘルパーより)
お看とり前10日頃になると、『仕事なんか行かないで、ずっと居てね…。』 と
息子さんに仰っていました。
予後1週間と言われ、娘さん・息子さんとで 車でスカイツリーを見に行った出来事は
今でも、感動として残っています。
(3.18 更新)
ご利用者様80歳 女性 (ご本人様) 退院翌日
『退院し、自宅に戻ることが出来て、本当に良かった。家が一番。』
(お看取り前日 お嫁さん)
お話が思う様にできなくなってしまった様子に
「お母さんが言いたい事、わかる様な気がするよ。たぶんお父さんのことが
とても心配なんだよね。でも、心配しないで。ずっと私たちは、お父さんの傍に
居るからねぇ」
これを聞いたご本人様は、少し穏やかな様に見えました。
(お看取り後 ご主人様)
先生から ”今日がヤマです” と聞いた夜、ご主人様は眠れなかったご様子で
朝、訪問すると、ご本人様の横でぐっすり寝ておられました。
「一生懸命してやったので悔いはない。退院をして一週間だったが、自宅で
過ごさせてあげられ、本当によかった。」
ご利用者様83歳(男性) (お看取り前日 奥様)
「主人には、今まで本当に良くしてもらったから、出来る限りのことは
してあげたい。食べられないんだけど、少しでも口にできれば…と好きなものを
作って食べさせたい。何かをして、気持ちをまぎらわせたい…。」
(お看取り後1週間 奥様)
「病院から家に連れて帰り、家で看てあげることができて本当に良かった。
主人との会話の中で最後になった言葉が ”今まで ありがとう” でした。
私も、 ”あなたと一緒になり 幸せでした” と伝えたんです。」
(2.20 更新)
ご利用者様56歳 女性 (ご本人様)
『長女が私のために、早く結婚をして、孫を作って私に見せてくれた。
そんなにあせって結婚をしなくても良いのに…と思ったが、本当に孫は可愛い』
ほとんど笑顔を見せない彼女でしたが、唯一、笑顔になる時はお孫さんが
笑っている時でした。
(お看取りの時 娘さん)
「本当に一生懸命頑張ったからもういいよ。大好きだよ」
ご利用者様96歳 女性 (ご長女の夫)
「このままの状態でも、一年でも二年でも、ずっと家で過ごしてほしい。
車椅子に移乗させて、家の中や庭が散歩できたら良いのだけれど…」
ご利用者様66歳 男性 (在宅になって一週間ほど 奥様)
「退院した翌日は、よく寝られたので、家に戻って良かったと思ったが、
二、三日すると夜も眠れなくなってしまい、本人の気持ちが落ち込んできたので
病院がいいのか 自宅がいいのか 半々の気持ち…
(自宅でお看取り後20日 奥様)
「緩和の意味も解らず、自宅で看ることにして、初めは不安がいっぱいで、
どうして良いかわからない状態でした。治ることもなく残りわずかな命の中で
主人が、私や子供たちの今後を心配してくれて本当にありがたかった。
家に連れて帰り、家で看られたことがよかったのかな…。
と 亡くなった後に思う様になってきました」
(H25.1.22 更新)
ご利用者様89歳 男性 (家でお看取り2週間後 奥様より)
主人が『家に帰りたい』と言った時、本音は「どうしよう…」 と思いました。
私に面倒が見られるか心配だったけれど 「このまま病院にいて下さい」 とは
とても言えませんでした。
でも自宅に戻り、医師・看護師・ヘルパーさんの連携で、私はお父さんの面倒が出来、
とても有意義に過ごすことが出来ました。
介護保険の制度は解かりずらいが、解ると本当に助かる制度だと改めて感じました。
ご利用者様79歳 女性 (娘さん)
「バー 家に帰って来られて、本当に良かったね」
ご利用者様60歳 女性 (家でお看取りになった日 ご主人様・姉)
「本人が、すごく我慢強く、前向きな性格だから、私も頑張ってこられました。
でも、3日前に 『もうダメ…これ以上頑張れない』 と…。
私達は、「もう頑張らなくていいよ」 と、伝えました」
(お看取り後、20日後 ご主人様)
生前にお二人で選んだ写真が、遺影になっておりました。
「思い残すことがないように、二人で色々な話をしたり、行動をしてきました。
でも、現実を受け止め生きていかなければならない。ただ、他に一緒に住んでいる
家族がいないので、話をする人がいなくなり淋しいかな…
でも、一生懸命生きていきます」
(12.20 更新)
ご利用者様89歳 男性 (在宅になり4か月経ったある日 ご本人様)
『もう、こんなに生きられたから大満足!いつ逝ってもいいよ』
ご利用者様75歳 男性 (在宅になり2週間後 奥様)
予後が短いと言われ、気持ちが落ち込んでしまった。もう少し、生きよう!と
思う方向に気分を変えてあげたい。
一度退院して自宅に戻れたことを本人はとても喜んでいるので、これからも
自宅で看てあげたいけれど、持病の心不全が心配で決断できない…
また、息子も「休学してお父さんの面倒を看たい」と言うが本人が『学業頑張れ!』と
言われているので、休学を思いとどまっている。
〜その後…再入院なさるが、再び家に帰り5日後〜 ヘルパーより
ご本人様 『家に帰れて、本当に嬉しい』 と、息子さんと将棋をしていました。
息子さんが朝食を食べさせて下さったので少し召し上がれた様子でしたが、
誰もいない所で 『本当は、何も食べたくないんだよ…』 と言っておられました。
ご利用者様52歳 女性 (家でお看取りの後 ご主人様)
彼女は、『日々良い家族に恵まれ、幸せだ』 と言っていた。
「自宅で家族に見守られ、生活でき良かった」 と話されました。
(11.14 更新)
ご利用者様76歳 男性 (家でお看取りの後 次女)
家で看取れて本当に良かった。お父さんも生きる為、一生懸命食事を取ろうと
したが、命の短い事が解ると食べる事をやめた。
『もうすぐお父ちゃんは死んじゃうから、しっかり生きてくれ!』 と 最後の言葉を
残してくれた。
「父がなくなり‘何日か泣き続けたが、家でお父さんを看取れ一生懸命やったので、
今は前向きに生きていきたい」 と 話されていました。
ご利用者様75歳 女性 (ご本人様)
『家の中の事をきちんと整理しなければ、残された人が訳が分からないでしょ!
でも、身体が思う様にならず、なかなかできないの…』
ご利用者様73歳 女性 (家でお看取りの2週間前 ご主人様)
今日、友人が来て、「病院にいる時の顔と今では全然顔が違うね」 と言われて
ご本人様、『嬉しかった』 と話されていました。
本当に、家に連れて帰り、一生懸命看病できたという実感が感じ取られました。
(H24.11.13)